論文概要

タイトル:特殊な集団行動における認知行動モデルの構築
著者:谷藤行伸(博士(前期)課程)


1.背景・目的
 災害対策の一環として、緊急避難時における集団行動の研究が行われている。近年、コンピュータの性能向上やマルチ・エージェント研究の進展から、これら の研究に対し、人をエージェントとみなしたコンピュータによるシミュレーションが盛んになりつつある。しかし、それらで利用されるエージェントの振る舞い は人間的ではなく、十分なシミュレーションは出来ていない。そのため、より人間的に振舞うエージェントの開発が必要となってきている。このような背景から 本研究では、より人間的な振る舞いを行うエージェントを実現するために、内面モデルを持つエージェントを提案する。提案する内面モデルは、人の心理状態を 模したものであり、エージェントにこれを付加することにより、エージェントがより人間的な振る舞いをすることが期待できる。さらに本研究で提案するエー ジェントの有用性を評価するためのシミュレーションを提案する。

2.提案手法
 本研究では、人の心理状態を模した内面モデルを提案する。提案する内面モデルは、エコグラム、行動規範、ストレスによる状態変化の3つの部分から構成される。以下、それぞれについて説明を加える。
  エコグラムとは、心療内科などの医療現場や教育の場で利用実績がある交流分析理論に基づいた心理テストの一種である。エゴグラムでは、心の状態をCP (Critical Parent)NP(Nurturing Parent)A(Adult)FC(Free Child)AC(Adapted Child)の5つの属性で表現し、それらの値の違いが、人の考え方や発言、行動の違いを引き起こすと考えている。本研究では、その考え方を流用し、エコ グラムの値によって、そのエージェントがとる行動を変化させる。行動規範は、行動を決定するための規則であり、行動決定・制御のためのメタルールとみなせ る。この行動規範を変化させることにより、エージェントのとる行動に変化を持たせることができる。さらにエコグラムと行動規範を変化させるために、ストレ スによる状態変化を用いる。ストレスによる状態変化とは、エージェントが外部から受ける刺激により、エージェントの心的状態を変化させることをさす。ここ でエージェントの心的状態は、エコグラムや行動規範をさす。ストレスによる状態変化により、心的状態、すなわちエコグラムや行動規範が変化することによ り、同じエージェントでも時間や状況変化、環境により行動が変化する。これにより、より人間的な振る舞いの実現が期待できる。

3.評価実験
 本研究では、以上の考えに基づきエージェントを構築し、災害時の緊急避難を題材にしたシミュレーションにで、その 有用性の評価を行う。本シミュレーションにおいて、エージェントは、行動規範として、(1)帰巣性(もと来た道をもどる)、(2)日常動線志向性(日ごろ 使っている道を目指す)、(3)向光性(明るい方向を目指す)、(4)向開放性(開かれた感じの方を目指す)、(5)易視経路選択性(最初に目に入った階 段などを目指す)、(6)直進性(まっすぐの階段や通路を選ぶ,または突き当たるまで直進する)、(7)本能的危険回避性(炎や煙から遠ざかろうとする傾 向)、(8)理性的安全思考性(安全と考えた・思い込んだ経路に向かう傾向)、(9)追従性(多くの人が逃げる方向に追っていく傾向)の9種類を持つ。ま た、時間・状況の変化によるストレスの状態変化としては、ストレス量に基づき、(1)能動的(消火・通知)、(2)受動的(身づくろい・戸惑い・避難)、 (3)判断不能の3つの心的状態を設定し,それぞれ理性的安全志向性(ストレス量が少ない状態)と本能的危険回避性(ストレス量が多い状態)においてそれ ぞれ異なる行動をとる。 行動としては、(1)通常移動、(2)火点発見、(3)身づくろい、(4)戸惑い、(5)避難、(6)火点通知、(7)消化、 (8)待機、(9)飛び降りを用意し、これらのうち、どの行動をとるかを、内面モデルによって決定する。避難行動のシミュレーションはJava言語によっ て構築されたマルチ・エージェントシステムで行う。実施には内面モデルを採用しないマルチ・エージェントシステムと内面モデルを採用したマルチ・エージェ ントシステムの両方でシミュレーションを行い、その結果を「より人間らしい振る舞い」という観点から比較を行う。単にゴールにたどり着くのが速いのではな く、人間らしい行動を判断する。なおシミュレーション自体は、設計が終わった段階であり、今後実装を行い、実際に実験を行う。

4.まとめ
 本稿では、より人間的な振る舞いをするエージェントを構築するために、エージェントに対し、心理テストの一つである エコグラムと行動規範、ストレスに基づく状態変化から構成される内面モデルを導入することを提案した。さらに、その有用性を確認するためのシミュレーショ ンの方法を提案した。今後の課題としては、シミュレーション実施による提案手法の妥当性の検証、シミュレーション結果のフィードバックによる提案手法の向 上があげられる。